現役教員に伝えたい5つのこと(後編)

(注)タンザニアでようようやくSIMカードを手に入れることができました。

 

ただ、写真が重くて送れそうにないので、安定したら載せます。ご了承ください(^_^ゞ

 


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③困ったらすぐ相談
人間は助け合って生きています。決して一人では生きていけません。助けて、助けられて生きている。間違いありません。

 

英語も話せない、まったくの素人の自分が、たった一人で世界に飛び出し、ずっと感じていたこと。

 

大変お恥ずかしい話ですが、自分はまるで赤ん坊だということ(笑)

 

切符も買えない。

字も読めない(英語以外もたくさんある)。

コーヒーの買い方もわからない。

何もかもがわからないことだらけ。

 

見知らぬ人に何度も聞いて、

何度も助けてもらい

助けてもらってばかりで申し訳なかったけど

ニコッと笑って助けてくれたり

あたりまえじゃないかという顔をする人や

去り際にウインクまでしてくれる人もいる。

 

喜んで助けてくれる人が

たくさんいることがうれしかった。

だからこそ、自分も喜んで助けられる人間でありたいと思った。

 

人間はみんな優しい心を持っているんだと思った。

 

学校だって同じ所もあると思う。

苦しかったら、吐き出して、助け合えばいい。

 

余力がある人が助けてあげる。

困るときはみんなある。

そうすれば、先生という変な意地をはらなくても、もっと安心して働けるんじゃないかな。

お互い相談しよう。

そしたら助け合える。

 感謝と喜びが少しでも広がる方がいい。

 

そのためにも、先生たちに喜んで助け合えるだけの時間や心のゆとりを確保できるように、国も真剣になってもらいたい。

 

困ったら相談できる。

 

そんな健全な環境になれば、子どもたちだってきっと安心して悩みを相談して、安心して過ごせるようになるのではないでしょうか。

 

子どもたちは、大人の鏡ですから。

 

もう一度、僕は背筋を正そうと思います😊

 

 

 

④意見は言おう
苦しいときは苦しいし、できないことはできない。


もちろん、楽してさぼっているのはいけないけど僕は周りをみていてさぼっているのはほんの一部。


つまりほとんどの先生はさぼってないのに忙しすぎて潰されそうな人がたくさんいる。たくさんいるということは、やはり何か改善する方法を見つけなければならない。

 

そこで大切になるのは、意見を言うことだと思います。言わなければ先生達が苦しんでいることもわからない。何に苦しんでいるのか、いつなのか、どれくらいいるのかもわからない。

 

だからこそ声をあげることは1つの突破口になるのではないかと思います。

 

私たち教員は、ストライキはできないが、一人ひとりが声をあげることはできる。


その声が一人増え二人増え、次第に流れとなり、万波となれば何も変わらないはずがない。

それを変えようとしないのなら、それは教育を見捨てるのと同じではないだろうか。

 

クラスの中で困っている生徒がたくさんいるのに、耳も傾けず、対策もとらず、不登校や病気になってもその生徒が悪いと言わんばかりのクラスと同じ。

 

教員の上司にあたる人たちがそんな程度なら、日本の教育の未来はないでしょう。

 

しかし、ここ最近、教員の働き方に対して見直す必要性を感じている声が聞こえているのは僕たちにとっては希望の光です。

 

ピンチはチャンス。

 

今は、時代が劇的に変化する真っ只中です。

教員が声をあげ、お互いが歩みより、共通の目標に向けて前進するべきではないでしょうか。

 

文部科学省教育委員会だけに任せて良いものが生まれるか。

 

現場の先生だけの意見だけで良いものが生まれるか。

 

激動する時代だからこそ、その両方をバランスよく取り入れ新しい時代にあったものを作り出す時ではないでしょうか。

 

そのためにも、今、読んでくださっている勇気ある意見こそが、最も大切だと僕は思うのです。

 

 

 


⑤自分を大切に
人生の主役はなんといっても自分です。だからこそ、自分の心の声は大切にしてほしいと僕は思います。

教員として16年働いてきた僕は、やはり

生徒のため

ここが根底にあります。これは今、世界を旅し、ボランティアに参加させてもらっている今も変わりません。生徒のためにという思いがあるのは間違いありません。

そして不器用な自分はそれが正しいとずっと思い込んでいました。

振り返ってみて、もしかしたら捉え方が違ったんじゃないかなと今は感じることがあります。

例えば、少し無理をしてでも勤務時間を越えて仕事をしたり、休日を返上して仕事をしたりしたことがあります。日本の教員なら当たり前すぎて何言ってるんだと言われるレベルだと思います。

しかし、無理して体調を崩すことはトータルで見ればマイナスになることがよくあります。

疲れていると楽しく仕事はできません。
イライラしてちょっとしたことで怒ってしまったりして空回りしたり、自己嫌悪に陥ることがよくありました。

仕事が終わらないからと休日を返上して仕事をすることはざらにありました。

これでは、自分のやりたいことはいつまでたってもできません。

生徒のためにやることは素晴らしい。でも限度を超えればそれは、無理が生じるし、継続可能な努力ではなくなります。

必ずどこかで破綻します。ひどいときはうつになったり、自ら命を断ってしまうそんなあってはならないことが起きてしまう。

自分の周りにも実際に起きてしまったことです。

やりたいことをやれば、自分の人生に張りができるし、リフレッシュだってできてまた仕事を頑張ろうって思う。

今はそれがほぼ不可能な気がします。

もし可能なら自信を持って好きなことに時間を使ってほしいし、不可能なら周りに相談したり、声をあげることをしてほしい。

指をくわえて待っていては、現実は何も変わらない。自分の意思ではなく、本当の意味で奴隷のような人生になってしまう気がするのです。

生涯をまさに全うしようという高齢の方たちに、後悔していることは?との質問に


もっとやりたいことをやればよかった


という思いが圧倒的に多いと聞いたことがある。

私たちは、人生の肝とも言えるこの大事なことを、先人から学ぶべきではないだろうか。

一度しかない、奇跡の連続のような人生を僕たちは歩んでいるのですから。

 

そして、私たちは幸せになるために生まれてきたのですから。

 

アフリカのタンザニアより