タンザニアの幼児教育(後半)

体罰があたりまえ
幼稚園の毎日の生活の中で、日本で言う体罰がない日はありません。もちろん、一番始めに述べたように肯定も否定もしません。

 

言うことを聞かない子どもには、木の棒で叩きます。ひどい場合には泣き叫ぶ子どもを何度も何度も叩くこともありました。

 

最初は、ものすごく抵抗があり見ているのも正直嫌で嫌でたまりませんでした。日本で16年間教員をしていましたので、見慣れない光景と叩かれている子どもの気持ちを考えるといたたまれない気持ちになりました。

 

いけないことは、いけない。

 

これをどう伝えるか。

 

できるようにさせてあげられるか。

 

そんな自分の目の前で、タンザニアの先生は、何の悪気もなく、何の迷いもなく、バッシバシ叩く。日本ではいかなる理由があっても体罰もいけない。これが常識です。

 

しかし、あえて批判的思考で考えてみました。叩かなければならない理由を探してみました。

 

女性の先生二人に対し、子どもは50人以上。一人ひとりのノートに授業と宿題を手で書く。それをもとに授業をする。中高校生と違い、理解力も自制心も未熟な子どもたち。

 

授業中、集中力も続かない。教師には続かせる指導力もない。指導方法も理論も感じられない。

 

子どもがトイレに行く。一人行くと次々に連れてて行きたがる。一度行ってもすぐまた行こうとする。それを指導する先生の数も全く足りていない。

 

一斉に授業をしたくても、全員分の教科書もない。プリントをコピーしたりもできない。鉛筆すら全員分ない。消ゴムもクラスに二個。すぐに取り合いが始まる。

 

こんな状態で、子どもたちに集中して授業を受けさせるのは、神業かもしれないと思いました。

 

僕は、体育教師ということもあり、1000人前後の集団指導を何度もしてきました。

高校野球の夏の入場行進の指導も何年もしてきました。

 

集団を動かすことには自信がある方でしたが、タンザニアの幼稚園児を見てその自信はものの見事に粉々にしてもらいました。

 

そういう視点で捉えると、体罰はやむを得ないことかもしれないとも思います。

 

また違った背景もあります。幼稚園児の保護者も、ここの幼稚園に大きな期待をしていると聞きました。

この幼稚園に通えば、学力がつく。英語で読み書きができ、算数もできるようになる。

 

だから人気があり、遠くから通う子もいるし、月3000円(先生の月給が20000円)という決して安くない授業料を払ってまで通わせている。

 

その親の期待に応えなければ、この幼稚園も食べていけない。そうなるとなおさら、体罰をせざるを得ないのかもしれません。


先生も、それ以外の時は、本当に優しいしとってもチャーミングな方でした。

先生の問題とかではなく、もしかすると指導、もしくは教育の発達段階として、体罰が必要な状況なのかもしれません。

なんとなく、戦後の日本もこういう感じだったのかなと思ったりもしました。

 


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⑤勉強道具の大切さ

僕は、運が良かったのか二つの幼稚園を見ることができました。

2つに共通していたのは、勉強道具が足りない。

 

例えば筆記用具。

シャープペンなどありません。鉛筆は、人数分ありません。おそらくどこかの国から支援されたものなのか、ボロボロの鉛筆です。きれいな鉛筆など一本もありませんでした。

 


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数が足りない時は、幼稚園にある鉛筆を、交代しながら使うこともあります。鉛筆削りは、日本のように電動のものなどありません。全然削れない手動の鉛筆削りか、カッターで先生が一本ずつ削って使います。

だから、筆箱なんでだれも持っていませんでした。

 
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絵を描いたりするときにの色鉛筆。クレヨンやクーピーなど日本ではだいたい一人ずつ持っていますが、タンザニアにはありません。

ボランティアメンバーが自分の国から持ってきたものを子どもたちに貸して絵を描いていました。

 

絵を描くための画用紙。

画用紙のような良質な紙はありません。それどころか、一人一枚の紙すらありません。これもボランティアメンバーの一人が、ザケムという大きな町で、塗り絵の紙をコピーして子どもたちに配って使っていました。

 

授業で使うノート。

日本では、ひらがな、数字、アルファベットなどを練習できるノートが当たり前にあります。

 

タンザニアでは、ノートで精一杯です。授業で数字やアルファベットを書く練習をします。でも、字も書いたことのない3歳や4歳の子達がいきなりかけるはずもありません。

 

先生が、全員のノートに手書きで必要なことを書いていきます。日にち、曜日、その子の名前。やる内容を英語で書く。

 

子どもたちの勉強のために、数字やアルファベットを書いていきます。それを見本にして子どもたちは真似して書かせる。見本の下に、アンダーラインを手書きして完成。子どもたちはそのアンダーラインに沿って書いていく。

 

これだけではない。宿題もある。宿題ノートにも一人一人進行状況に合わせて書いていく。

これは、子どもたちがお昼寝している時に一気に書いていきます。僕もお手伝いさせてもらいました。自分が子どもの頃いかに恵まれていたか。頭を殴られたような感覚になったことを今でもはっきり覚えています。

 

子どもたちのカバン。

おそらくいろんな国からの支援物資として送られてきたもの。最初はわかりませんでしたが、ハングル文字のカバンがいくつもあったり、違う国の名前と思われるものが、カバンに直接書いてある。

 
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日本であれば新しいカバンが当たり前。兄弟のお古とかはあるけど、ほとんどが他の国で誰かが使いきったカバン。それが当たり前だからか、文句を言う子どももいないし、ばかにしたりすることも、もちろんない。

 

何から何までこれほどまでに日本と違うのかと思うと、今までの自分を考えさせられました

 

教室には電気はない。

 

窓もない。だからスコールが来ると雨で中まで雨が入ってくる。服が濡れたりノートが濡れてしまうこともありました。

 
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黒板も全く違うし、黒板消しはないのでタオルを使ってる。
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チョークも数が少ない。僕が行った幼稚園では、色は白だけでした。英語の授業で、白いチョークで、バナナ、リンゴ、トマトなど野菜や果物を描いて子どもたちに答えさせていたけど、こういうところも全然違うんだと思いました。

 

チョーク入れがなく、壁に空いた穴に入れていたのも個人的には衝撃的でした。

 
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〈まとめ〉

今回二つの幼稚園で先生のサポートをさせてもらいました。ネットの情報や外から見たり聞いたりするのではなく、実際にその空間で一緒に過ごせたことで見えたこと、感じたことが山ほどありました。

 

もちろん、どちらの国がいいとかではなく、少なくとも自分は、今までより一つ一つのことに感謝できる人間に変われるきっかけをいただいたと思います。

 

日本にいたとき

 

「当たり前のことに感謝しなさい」

 

この言葉が頭でわかっても、心が受け止めきれていない感覚が僕にはずっとありました。

 

それなのに、生徒たちに似たようなことを言っていた自分に違和感を覚えていました。

 

ようやく、少しですが自分の心でわかるようになった気がしています。

 

感謝する心を教えてもらいました。この感謝の気持ちを日本の子どもたちに少しでも伝えていきたいと思います。

 


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